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苦難は乗り越えましたが・・・

8か月振りの投稿です。

今回も、天地真理さんのことではなく、私自身のことについて(^^ゞ

あれから(前回の投稿)、私の手術も無事に終わり、病巣はきれいに取り除かれ、母のこともあるので、自宅で療養を続けるということで、10日後には退院しました。
その後の後遺症もほとんどなく、さすがロボット手術(ダヴィンチ)、最近の医療技術の進歩はすごいです。

退院後、2週間は自宅療養の予定でしたが、仕事に行く必要がないことで、逆に末期癌の母の看病に専念することができました。
私が入院する日に母の病室で「じゃあ行ってくるね」と手を振り合って別れてから10日後、退院後に自宅に戻らず、病院からすぐに母の病室を訪れた時の母の状態の変わりように、思わず涙が出そうになりました。
あの冗談好きでいつもニコニコしていた母が、全く無表情で、こちらからの問いかけにうなずくだけで、母からは話すことはなく、母の感情がわからなくなっていました。

それから2週間、母と2人だけの濃密な時間を共にしましたが、私が職場復帰して2週間足らずで、母は天国に召されました。

職場復帰してからも、仕事中以外は、早朝から夜遅くまで、母を一緒にいて母の好きな童謡や唱歌のCDを流したり、手足をもんであげたり、外の風景を写真に撮って見せてあげたり、たわいもない話をしたり、「桜の季節までもつかどうか」と医師から告げられていたため、3月になると、少し早いけど、ベッドも周囲を桜の造花で飾ったり・・・
すでに母には笑顔を見せる気力は残ってなかったのですが、心の中では喜んでいたと思うことにしています。

母の様態が安定していることで、いつも夜間は自宅に寝に帰っていました。
帰るときは、横になってただ私を見ている母とハイタッチをして「またあした」と笑顔で別れるのですが、いつもは少しの物音でも目を開ける母が、亡くなる前日の夜だけはぐっすり眠っていたので、は起こすことなく、そっと病院を後にしました。
そして次の日の早朝6時、病院から緊急電話があり、駆け付けるとすでに母の心臓は鼓動を停止していました。
「またあした」が言えなかったこと、母の最期を看取ってあげられなかったこと、寂しい思いをさせて逝かせてしまったこと、相当悔みました。

癌患者が癌患者を看護するなんて、と思われるでしょうが、癌を共有できることで、母の苦しみに少しでも近づけたなら、私はいい時期に癌になったと思います。
そして、私が癌手術で2週間の自宅療養期間を得たことで、母とのこの2週間は、私の、そして母のかけがえのない貴重な時間になりました。これは、私にとってはとても幸運なことでした、

母が亡くなって4日後に私の9年ぶりの人事異動発令。
喪中の休暇期間中に職場に出て異動内示をもらい、あいさつ回り。そして職場復帰後は、病休中のたまった仕事の上に引継書の作成で連日残業。そして新たな職場への着任、母の四十九日・・・
私の入院以降、自分の身体の手術後ケアが十分できないままに、けたたましく時間が過ぎていきました。

思えば、昨年9月末の母の癌告知以降、これでもかというくらい何度も人生の節目にぶち当たりましたが、やっと秋になって落ち着いてきたところです。

天地真理さんの歌声に癒されて始めたこのブログも、もう私自身が立ち直って、今では真理さんの曲もほとんど聴かなくなっていますが、さすがにこの1年は堪えました。
でも、どんなことがあっても、以前のような「死にたい」ほどの強烈な精神崩壊に至ることはなくなりました。
それでも人間の身体は正直で、4月中旬からは仕事に影響が出るほど精神状態が悪化し、10年ぶりに心療内科を受診して、一応今も精神を安定させる薬を処方されていますが、まあ、なんてことはないです(^^ゞ

今後も、このブログはとりあえずは閉鎖はせず、辛い経験をされている方々のために少しでも寄与できればと思います。
科学的なことはドシロウトで、偉そうなことは言えませんが、真理さんの歌声の音質というか周波数というか、何かわかりませんが、疲れた心を癒すものを持っていることは、私の経験からも実証できます(でも、本当にどん底の辛い時期でないと真理さんの声が心の中には響いてこないのかもしれませんが)

真面目な人が生き辛いこの世の中、真面目でありたいと思う心が、さらに心を辛くさせる。
でも、自分に正直に真面目に人生を歩んでいきたいですよね。
どんなに苦しくても、真面目に生きていれば、必ず報われる時が来ると信じて、辛い人生を歩んでいる方々にエールを送りたいです。
クソ真面目、不器用、それは、素晴らしい人間であるという証ですから
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人生最大の苦難かな?

またまた1年振りのご無沙汰です(^^ゞ

私の心は、数年前にすっかり癒えてから、それ以来自分でも信じられないくらい快調です。(^^)v
そして、立ち直るきっかけをくれた天地真理さんの歌声には、曲を聴かなくなった現在でも、感謝し続けています。

さて、タイトルの「人生最大の・・」の意味ですが、実は、私は前立腺の癌告知を受け、摘出手術のため明日から入院することになりました。そして、こともあろうに、時期を同じくして、母も余命半年の末期胃がんの告知を受けたのです。
今は、専ら毎日母の看病をしている状況にあります。

私の家系は、これまで癌を患った親族が全くいなかったのに、僅か1か月の間に母子2人とも(母が昨年9月末、私が10月中旬)癌告知を宣告されるという、衝撃の体験をしました。
幸い私は初期なので、転移もなく病巣を取れば大丈夫そうなのですが、母の方は手の施しようもなく、手術はあきらめ、緩和医療を行いながら、最期までいかに幸せな生き方をするかという選択肢しか残っていません。
母には、しっかりとした死に支度をして、悔いのない人生を全うできるように、心のサポートを中心に看護を続ける毎日です。

私は、不思議なことに、苦しいどころか、とても充実して、幸福感さえ感じる毎日を過ごしています。
それは、私が精神的に苦しんだ時期を乗り越え、生きていくという本当の意味を見いだせたからだと思います。
生きるためには死ぬこともしっかりと見据えなければいけないと思います。そして、人間が生まれ、死んでいくことは当たり前の自然の節理であって、決して不幸なことではなく、大自然の中で延々と繰り返される生の営みの繰り返しだと思うようになりました。
母にもそのことを理解してもらうために、あの手この手を使って、徐々に心の準備の手伝いをしています。
母に最も感じてもらいたいのは、いくら苦しくても、毎日こうして生きていることに感謝できる心を持つことです。そして、自然の移り変わりに心を動かされる感性を持つこと、大自然の中でいかに自分がちっぽけな存在であるかを自覚することです。
そうすると、自分のわがままな欲が消え、自然と同化して素直な気持ちになれます。そして、苦しみが不幸ではないことに気付きます。

私は、今の状況を、最悪とは思っていません。だから、タイトルも「最大」ではあっても「最悪」ではないんです。
これから限られた時間の中で、母との大切な時間を紡いでいきたいと思っています。

ありゃ、ついつい長々としゃべってしまいました。
明日から3週間、療養に入ってきます。
このブログでお会いできるのは、また1年後、それ以上先になるのかも
では、みなさん、お元気で(^.^)/~~~

真理さんとジョーン・バエズ

真理さんファンには周知のことですが、今日は真理さんとジョーン・バエズさんとのことを書きます。

真理さんは、少女時代からジョーン・バエズさんに憧れていたそうです。
私は、実はジョーン・バエズのことは全く知らず、ドナ・ドナを歌った人ということで、初めて「あーそうか」と思ったわけです(^^ゞ

なぜ真理さんがジョーン・バエズに憧れたのか?
ジョーン・バエズというと、自由と平和を訴え続ける“フォークの女神”という印象があります。そういう強さに真理さんが憧れていたのかもしれませんが、本当のところは真理さんの心の内ですね

最近のバエズさんの動画もネットに掲載されていますが、お歳を召されても、とても魅力的で、素晴らしい歌唱力も維持しておられます。
真理さんも、バエズさんのような人生を歩むことができたら、きっと今でも素晴らしいフォーク歌手として君臨し続けていることだと思います。

真理さんは、アイドル歌手として一時的な音楽業界の儲け路線に乗って使い捨て的に消費されたのですが、ゆっくりと地道にフォークソングを聴かせるような活動を続けられる環境にあったら・・・それが残念で残念でなりません。

「日本のジョーン・バエズ」と言われた森山良子さんも、今もなお現役フォーク歌手として輝き続けています。
真理さんの環境が違っていたら、現在でも森山良子さんともジョイントコンサートなんか開催して、私たちオールドファンを楽しませ続けておられるんじゃないかと、ひたすら空想しております。
あのバエズさんのように、そして森山良子さんのように、年輪を重ねた現在の真理さんの魅力は、とても素晴らしく、輝き続けていたことだろうと

今回は音楽ではなく、写真を張り付けておきます。
(最近は、引用する音楽は、すぐに削除されてしまうことが多いため)
念願叶って、真理さんがバエズさんと対面した時の写真です。
ヨーロッパ旅行に行ったときに実現したんだそうです。
(どなたかのネット掲載写真の引用ですが、昔にダウンロードしたもので、出典が不明で申し訳ありません)
真理さんとバエズさん

近況報告

このブログも1年近く放置してしまいました。
しかし、その間も、毎日訪ねてくださっている方もおられることを知りました。

訪ねていただける方々にはとても申し訳ないことですが、実は、私にとって、このブログは放置されるべきものなのです。

2010年6月に当ブログを開設したきっかけは、大きな心の傷を負って、なかなか立ち直ることができずに苦悩しているとき、久し振りに聴いた天地真理さんの歌声に癒されたことで始まります。それは衝撃的なものでした。以来、立ち直るきっかけを与えてくれた真理さんに感謝し、これからの自己の心の成長の糧にするとともに、心の問題で悩んでおられる方々の助けにでもなればと、このブログを始めたものです。

現在の私は、以前とはものの考え方が変わり、小さなことに固執せずに自然の大きな流れに任せて生活できるようになり、平穏に生活しています。
真理さんの歌もほとんど聴くことはなくなり、ブログに綴る想いも時間もなく、充実した忙しい日々を過ごしています。

このブログは閉鎖はしませんが、今後、記事を投稿するかもわかりません。
年に1回ぐらいはアップしたいですけど(笑)

このブログをきっかけにお世話になった真理さんファンの方々を始め、私を支えてくださった多くの方々に感謝の意を込め、私の近況報告を終わります。

今年も残り少なくなりましたが、皆様もお身体を大切になさって、良い年をお迎えください。

真理さんとさだまさし


真理さんは、晩年のコンサートの中で「グレープの歌が好きだ」と言っておられました。
そして、さだまさしをすごく尊敬しておられました。

さだまさしといえば、私が青春時代から現在までずっとファンであり続ける存在です。
私にとって、音楽の趣味は、さだまさしと共にあったといっても過言ではありません。

彼は現在でも活躍していますが、私の場合、いつも愛聴しているのは、グレープ時代からソロになった当初の頃の曲ばかり。グレープ時代のアルバム「わすれもの」「せせらぎ」「コミュニケ-ション」、そしてソロ初期の「帰去来」「風見鶏」「私花集」「夢供養」に収録されている曲ばかり聴いています。もう40年も同じ曲を聴き続けていることになります。
でも、一向に飽きず、ずっと現在進行形なのです。
不思議です。何度聞いても胸が熱くなるのです。
だから、私の遠い昔の記憶である真理さんから「さだまさし」という言葉を聞くと、なんだか最近の出来事のように錯覚してしまい、妙な気持ちになります。

私は、真理さんがカバーする曲はどれも素晴らしく、オリジナルよりも感動する曲が多いのですが、さだまさしの曲だけは、違和感を感じてしまいます。
真理さんが歌うさだまさし(グレープ)の曲、「哀しきマリオネット」「童話作家」・・・
どんなに上手に歌い上げても、やはりこれらはさだまさしの曲。
真理さんだけじゃなく、誰が歌ってもダメ。その理由は、歌唱力の問題ではなく、誰も真似することのできない「さだまさし」の抒情的な表現力の所以だからと思います。

ただ、真理さんの歌う「告悔」という曲だけは違っていました。
この曲は、1974年にグレープが出したアルバム「わすれもの」に収録されているものですが、真理さんは、コンサートの中で、「今日、これを歌いたかった」と前置きをして歌い始めています。それが当時の真理さんの心境にマッチしていたのか、情感がこもっていて、とても素晴らしいんです。
原曲のメインボーカルは、さださんではなく相方の吉田さんが歌っていたからかもしれませんが、この曲だけは、真理さんの曲になっていました。

では、今回の曲の紹介を!
もちろん、「告悔」です。
kichizo5889さんのコンテンツを利用させいただきました。
曲に入る前のナレーションも収録されています。
どうぞ、お聴きください。

プロフィール

ラガール

Author:ラガール
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